桐山照史の学歴を徹底解説!大阪産業大学中退、興国高校保育科卒の異色経歴と12年間の下積みから掴んだデビューまでの軌跡

WEST.(旧ジャニーズWEST)のムードメーカーとして活躍する桐山照史さん。2025年1月には元バレーボール日本代表の狩野舞子さんとの結婚を発表し、公私ともに充実した日々を送っています。明るく元気なキャラクターで知られる桐山さんですが、実は高校では保育科に通い、大阪産業大学を中退するという異色の経歴の持ち主です。

さらに、中学1年生でジャニーズ事務所に入所してからメジャーデビューまで12年間という長い下積み生活を経験し、退所も覚悟でジャニー喜多川さんに直談判してデビューを勝ち取ったという苦労人でもあります。この記事では、桐山照史さんの学歴と、挫折を乗り越えて成功を掴むまでの軌跡を詳しくご紹介します。

桐山照史の学歴の全体像

桐山照史さんの学歴を時系列で整理すると、以下のようになります。

桐山さんは大阪府東大阪市で生まれ育ちました。家族構成は両親と4歳年上の兄の4人家族で、両親は天然タイプで明るい家庭だったそうです。

  • 小学校は地元の公立校である東大阪市立池島小学校に入学し、小学1年生の時からダンスを始めました。
  • 中学校も同じく地元の公立校である東大阪市立池島中学校に進学。中学時代はバスケットボール部に所属し、中学2年生の時には生徒会活動にも参加する模範的な生徒でした。中学1年生の2002年7月、12歳の時にジャニーズ事務所に入所し、関西ジャニーズJr.としての活動を開始します。
  • 高校は大阪府の私立校である興国高校のキャリアトライコースに進学。このコースで保育科を専攻し、保育士を目指して学びました。「もしジャニーズWESTに入っていなかったら、幼稚園の先生になりたかった」と語るほどの子供好きで、この時期に学んだ知識は現在のラジオ番組でのリスナー相談にも活かされています。
  • 高校卒業後は大阪産業大学に進学しましたが、学部は不明です。高校時代に数学などの理系科目が得意だったことから、工学部やデザイン工学部に在籍していた可能性が高いと考えられます。大学1年生の時には人気ドラマ「ごくせん」第3シリーズに出演し、全国的な知名度を獲得しました。しかし大学は中退し、芸能活動に専念する道を選択しています。

2014年4月、24歳の時、入所から12年の歳月を経てジャニーズWESTのメンバーとしてメジャーデビューを果たしました。デビューまでの道のりは決して平坦ではなく、中間淳太さん、濵田崇裕さんとともにジャニー喜多川さんに退所も覚悟でデビューを直談判したという勇気ある行動が実を結びました。

桐山照史の小学校時代

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東大阪市立池島小学校での日々

桐山照史さんは東大阪市立池島小学校の出身です。この小学校は2019年に東大阪市立池島中学校と統合され、現在は小中一貫校の東大阪市立義務教育学校池島学園になっています。お笑い芸人の狩野英孝さんも同校の出身者です。

桐山さんの幼少期や小学校時代の情報はあまり多く公開されていませんが、明るい家庭で育ち、活発な少年だったことがうかがえます。両親は天然タイプで、家庭の雰囲気は明るく温かいものだったそうです。

ダンスとの出会いと6年間の積み重ね

桐山照史の学歴を徹底解説!大阪産業大学中退、興国高校保育科卒の異色経歴と12年間の下積みから掴んだデビューまでの軌跡

桐山照史さんの人生を大きく変えたのが、小学1年生の時に始めたダンスでした。小学校の頃からダンスに打ち込んだ桐山さんは、6年間のダンスキャリアを積み重ねていきます。

この6年間の経験が、後のジャニーズ事務所オーディションでの自信につながりました。桐山さん自身も、ジャニーズ事務所を受ける頃には6年間のダンスキャリアがあり、自信を持ってダンスのオーディションを受けたと語っています。小学校時代の地道な努力が、中学生でのジャニーズ入所という夢の実現につながったのです。

桐山照史の中学校時代

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東大阪市立池島中学校での学校生活

中学校も引き続き地元の東大阪市立池島中学校に進学した桐山さん。この中学校も2019年に小学校と統合され、現在は東大阪市立義務教育学校池島学園の後期課程となっています。お笑いコンビ「和牛」の川西賢志郎さんや柔道選手の佐藤史織さんも同校の出身者です。

バスケ部所属

中学時代の桐山さんはバスケットボール部に所属し、スポーツを楽しんでいました。また、中学2年生の時には生徒会活動にも参加しており、学業面でも課外活動でも積極的に取り組む模範的な生徒でした。

興味深いのは、中学時代の桐山さんが非常にモテていたという点です。中学校の卒業式では、桐山さんの所有物がほぼすべて無くなってしまうという微笑ましいエピソードが残っています。制服のボタンや持ち物を記念に持って帰りたがるファンが多かったのでしょう。

ジャニーズ事務所入所の衝撃エピソード

桐山照史さんがジャニーズ事務所に入所したのは、中学1年生の2002年7月13日、12歳の時でした。入所のきっかけは、小学校時代からダンスを続けていた桐山さんが、将来もダンスを職業にして生活したいと考えたことでした。

特にKinKi Kidsの堂本剛さんに憧れていた桐山さんは、ジャニーズ入りを決意します。そして自ら履歴書をジャニーズ事務所に送付しました。オーディションはフジテレビ系バラエティ「SMAP×SMAP」の会場でおこなわれました。

オーディション当日のエピソードが強烈です。桐山さんはやる気をアピールするために、眉毛に剃り込みを入れ、モヒカンヘアというインパクト抜群の姿で臨みました。その奇抜な見た目が目に留まり、ジャニー喜多川さんから声を掛けられることになります。

しかし桐山さんは、ジャニーさんから声を掛けられた際、思わず「なんやねん!」と返答してしまったそうです。普通ならこの時点で不合格になってもおかしくありませんが、この一言にもかかわらず、桐山さんの個性がジャニーさんの心を掴み、見事に入所を果たしました。このエピソードは、桐山さんの天然で裏表のない性格をよく表しています。

B.A.D.での活動開始

ジャニーズ事務所入所後、桐山さんは関西ジャニーズJr.として活動を開始します。2004年からは関西ジャニーズJr.のユニット「B.A.D.」の第4期メンバーとして、中間淳太さんとともに活躍しました。

中間さんとは中学時代以来の長い付き合いで、後にWEST.のメンバーとして一緒にデビューすることになります。B.A.D.での活動を通じて、桐山さんはパフォーマーとしての基礎を築いていきました。

桐山照史の高校時代

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興国高校キャリアトライコースへの進学

中学卒業後、桐山さんが進学したのは興国高校のキャリアトライコースでした。興国高校は大阪ではスポーツエリートや芸能人の御用達として有名な私立の男子校です。伝統的にスポーツが盛んで、ボクシング部やサッカー部、硬式野球部などが強豪として知られています。

スポーツ選手では四階級制覇したプロボクシングの井岡一翔選手をはじめ、数多くのプロ野球選手やプロサッカー選手を輩出しています。芸能人では笑福亭笑瓶さんやぼんちおさむさんなど、吉本興業のお笑い芸人も多数卒業しています。WEST.の重岡大毅さんも同校の卒業生ですが、学年が3つ下なので在籍期間が重なったことはありません。

桐山さんが進学したキャリアトライコースは就職を目指すための実践的なカリキュラムを提供するコースで、偏差値は39程度です。このコースには公務員を目指すコースと保育士を目指すコースがあります。

保育科を選んだ理由と子供好きの一面

興味深いのは、桐山さんが保育士を目指すコース、つまり保育科を専攻していたという点です。男性アイドルが保育科に通っていたというのは極めて珍しいケースと言えるでしょう。

保育科を選んだ理由について、桐山さんは「もしジャニーズWESTに入っていなかったら、幼稚園の先生になりたかった」と語るほど子供が好きだったからだと明かしています。この子供好きな性格は、現在の桐山さんの活動にも活きています。

子育て相談

桐山照史の学歴を徹底解説!大阪産業大学中退、興国高校保育科卒の異色経歴と12年間の下積みから掴んだデビューまでの軌跡

桐山さんがパーソナリティを務めるラジオ番組「bayじゃないか」では、リスナーから寄せられる子育てに関する相談に、高校時代に学んだ知識を活かして丁寧に答える場面が見られます。保育科での学びは決して無駄にはならず、むしろファンとのコミュニケーションを深める貴重な武器となっているのです。

2025年1月に結婚を発表した桐山さんですが、将来子供が生まれた際には、高校時代の保育の知識が大いに役立つことでしょう。子供好きで保育を学んだ桐山さんは、きっと素晴らしい父親になるに違いありません。

学業と芸能活動の両立

高校時代の桐山さんは、関西ジャニーズJr.内のユニット「B.A.D.」のメンバーとして主に活動していました。そのため高校では部活動はおこなわず、学業と芸能活動の両立に専念していました。

学業面では、数学などの理系科目が得意だった一方で、英語や国語は苦手だったと語っています。理系科目が得意だったことは、後の大学進学先の選択にも影響を与えたと考えられます。

高校時代は地道にジャニーズJr.としての活動を続けていましたが、この時点ではまだデビューの目処は立っていませんでした。しかし桐山さんは諦めることなく、コツコツと努力を重ねていきました。

桐山照史の大学時代

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大阪産業大学への進学と学部の推測

高校卒業後、桐山照史さんは大阪産業大学に進学しました。桐山さん自身は出身大学を明らかにしていませんが、この大学に在籍したという情報が多数見られます。また他大学への在籍情報はほとんど見られないことから、大阪産業大学に進学したのは間違いないでしょう。

大阪産業大学は多くの芸能人、プロ野球選手、プロサッカー選手を輩出している学校です。偏差値は学部によって35~43程度となっています。

学部は公表せず

進学先の学部は公表されていませんが、高校時代に数学などの理系科目が得意だったことから、工学部やデザイン工学部に在籍していた可能性が高いと考えられます。大阪産業大学には経営学部、経済学部、デザイン工学部、工学部、国際学部、スポーツ健康学部などがあり、このうち理系学部は工学部とデザイン工学部です。

「ごくせん」出演で全国区に

大学時代の桐山さんにとって最大の転機となったのが、大学1年生の2008年4月でした。日本テレビ系ドラマ「ごくせん」第3シリーズで倉木悟役を演じることになったのです。

「ごくせん」のオーディションは非常に厳しいものでした。約600人の応募者の中から主要メンバー6人に選ばれるという狭き門を、桐山さんは面談を経て突破しました。同じジャニーズ事務所所属の髙木雄也さんや中間淳太さんとともに「ごくせんトリオ」として、多くのファンから支持を受けることになります。

この出演により、桐山さんは一躍全国的な知名度を獲得しました。「ごくせん」は台湾でも放送されるほどの人気作品となり、桐山さんも国際的な舞台に立つことになります。同年7月5日には、台湾のグラミー賞とも称される中華圏最大規模の音楽祭「第19回金曲奨」にプレゼンターとして出席しました。

俳優・タレントとしてのキャリア構築

「ごくせん」出演後も、桐山さんは着実にキャリアを積み重ねていきました。大学3年生の時には竹野内豊さん主演の連続ドラマ「流れ星」にレギュラー出演を果たしています。また、関西テレビのワイドショー「ハピくるっ!」にも出演し、俳優やタレントとしての活躍の幅を広げていきました。

大学時代も関西ジャニーズJr.として活動を続けていた桐山さんですが、この時期は俳優やタレントとしての仕事が増え、多忙な日々を送っていたことがうかがえます。

大学中退の選択

桐山照史さんは大阪産業大学を中退しています。正確な時期は公表されていませんが、芸能活動が多忙になったことが理由と考えられます。

興味深いのは、アサヒ芸能がWEST.のメンバーで大卒は中間淳太さんのみと報じた点です。桐山さんと重岡大毅さんは大学に進学しましたが、ともに中退しています。桐山さんにとって、大学での学びよりも芸能活動に専念することの方が重要だったのでしょう。

大学中退は一見ネガティブに見えるかもしれませんが、桐山さんにとっては芸能界で生きていくという明確な決意の表れだったと言えます。この選択が正しかったことは、後のWEST.としてのデビューと成功が証明しています。

桐山照史の12年間の下積みとデビューまでの軌跡

長い下積み期間と焦り

中学1年生の2002年7月にジャニーズ事務所に入所してから、桐山照史さんがメジャーデビューを果たすまでには約12年という長い年月がかかりました。この期間、桐山さんは関西ジャニーズJr.として地道に活動を続けていましたが、デビューの目処は一向に立ちませんでした。

同期や後輩たちが次々とデビューしていく中、桐山さんの焦りは相当なものだったでしょう。ドラマ「ごくせん」で全国的な知名度を得ても、バラエティ番組に出演しても、デビューの話は来ませんでした。24歳になっても関西ジャニーズJr.として活動を続ける日々に、桐山さんは将来への不安を抱えていたはずです。

退所覚悟の直談判

そしてついに、桐山照史さんは大きな決断を下します。中間淳太さん、濵田崇裕さんとともに、ジャニー喜多川さんに直接デビューを直談判したのです。

この直談判は、退所も覚悟の上でおこなわれました。下積み生活が長くなかなかデビューさせてもらえなかった3人にとって、これは最後の賭けでした。もしジャニーさんに断られたら、ジャニーズ事務所を辞めることも覚悟していたそうです。

12年間もジャニーズJr.として活動してきた桐山さんにとって、この決断がどれほど重いものだったか想像に難くありません。しかし、このまま何も行動を起こさなければ、デビューできないまま年を重ねていく可能性もありました。退所を覚悟してでもデビューを直談判するという勇気ある行動が、桐山さんの人生を変えることになりました。

翌日のデビュー決定

直談判の結果は、驚くべきものでした。なんと、直談判した翌日にジャニーズWESTとしてのデビューが決まったのです。

12年間待ち続けた夢が、たった一日で実現する。この劇的な展開に、桐山さんをはじめメンバーたちはどれほど喜んだことでしょう。退所を覚悟した直談判が功を奏し、ついに念願のデビューが決まったのです。

2014年4月、桐山さんが24歳の時、1stシングル「ええじゃないか」でジャニーズWESTとしてメジャーデビューを果たしました。中学1年生で入所してから12年、長い下積み生活を経てようやく掴んだデビューは、桐山さんにとって格別な意味を持っていたはずです。

桐山照史の学歴から見る現在の活躍

桐山照史さんの学歴と経歴を振り返ると、現在の多彩な活躍につながる要素が数多く見えてきます。

保育科での学びが活きるラジオ番組

桐山照史の学歴を徹底解説!大阪産業大学中退、興国高校保育科卒の異色経歴と12年間の下積みから掴んだデビューまでの軌跡

高校時代に保育科で学んだ知識は、現在の桐山さんの活動に大いに活かされています。パーソナリティを務めるラジオ番組「bayじゃないか」では、リスナーから寄せられる子育てに関する相談に、高校時代に学んだ保育の知識を活かして丁寧に答えています。

子供好きで保育を学んだ桐山さんだからこそ、的確なアドバイスができるのでしょう。高校時代の学びが決して無駄にならず、ファンとのコミュニケーションを深める貴重な武器となっている好例です。

デビュー後の快進撃

2014年のメジャーデビュー後、ジャニーズWEST(現WEST.)は知名度が大幅に上昇しました。桐山さん自身も、俳優やタレントとして活躍の場を広げていきます。

2015年にはNHKの朝ドラ「あさが来た」でヒロイン波瑠さんの義理の弟役を演じ、さらに注目を集めました。2016年4月からは中間淳太さんとともに情報番組「ヒルナンデス!」に曜日レギュラーとして出演を開始し、お茶の間でもおなじみの存在となりました。

グループとしての活動を続けながら、俳優やタレントとしてもさまざまなテレビ番組に出演し、多方面で活躍を見せています。12年間の下積み期間で培った忍耐力と努力が、デビュー後の活躍を支えているのでしょう。

2025年の結婚報告

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そして2025年1月3日、桐山さんは所属事務所「STARTO ENTERTAINMENT」を通じて、元バレーボール女子日本代表の狩野舞子さんとの結婚を発表しました。公私ともに順調な歩みを続ける桐山さんの姿に、多くのファンが祝福の声を寄せています。

高校時代に保育科で学び、「幼稚園の先生になりたかった」と語るほど子供好きだった桐山さん。将来子供が生まれた際には、その知識と愛情深い性格が大いに発揮されることでしょう。

まとめ

桐山照史さんの学歴を詳しく見てきました。東大阪市立池島小学校、東大阪市立池島中学校と地元の公立校で学び、高校は興国高校のキャリアトライコース保育科という異色の選択をしました。「幼稚園の先生になりたかった」と語るほどの子供好きで、保育科での学びは現在のラジオ番組での子育て相談にも活かされています。

高校卒業後は大阪産業大学に進学しましたが、芸能活動に専念するため中退しました。大学1年生の時に出演した「ごくせん」第3シリーズでは、600人のオーディションを勝ち抜いて主要メンバーに選ばれ、全国的な知名度を獲得しました。

しかし、中学1年生でジャニーズ事務所に入所してからメジャーデビューまでには12年という長い下積み期間がありました。なかなかデビューできない焦りの中、桐山さんは中間淳太さん、濵田崇裕さんとともに、退所も覚悟でジャニー喜多川さんにデビューを直談判。この勇気ある行動が実を結び、直談判の翌日にジャニーズWESTとしてのデビューが決まりました。

2014年4月、24歳でメジャーデビューを果たした桐山さんは、その後俳優やタレントとしても活躍の幅を広げ、2025年1月には元バレーボール日本代表の狩野舞子さんとの結婚を発表しました。12年間の下積みを経て掴んだ成功、そして公私ともに充実した現在。桐山照史さんの軌跡は、諦めずに努力を続けることの大切さを教えてくれます。

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