大倉忠義の出身高校・中学校はどこ?

関ジャニ∞のドラム担当の大倉忠義。甘いルックスとスタイルの良さで人気で、音楽活動だけなく俳優業でも活躍しています。

大倉がどんな学生時代を過ごしたのか、出身高校や中学校についてもまとめてみました。

大倉忠義の出身地はどこ?

大倉の出身地は大阪府東大阪市。

ラグビーの聖地東大阪市花園ラグビー場を有し、ラグビーの町としても有名です。

大倉忠義の家族構成

大倉は父、母、弟2人の5人家族です。

父:忠司さん

有名居酒屋チェーン「鳥貴族」の創業者。

もともとホテルに務めていた忠司さんですが、「鳥貴族」は1985年5月1日に近鉄俊徳道駅前で開業しました。

大倉の生まれる15日前のことでいした。

この年は忠司さんにとっては思い入れの深い年であること間違いないですね。

関ジャニ∞のファンの間では、コンサート後に「鳥貴族」で打ち上げをするのが定番になっています。

忠司さんは個人のTwitterアカウントを持っており、日々の食事や「鳥貴族」のことをツイートしています。

時々大倉の話題もツイートし、心から息子の活躍を喜んでいる様子が覗えます。

関ジャニ∞は毎年紅白歌合戦に出場しており、その様子を「親ばかな?」という言葉とともツイートするのは「親ばかシリーズ」としてファンの間では有名です。

母:智子(さとこ)さん

お母さんの智子さんは忠司さんの2歳上で姉さん女房です。

お母さんは元美容師だそう。

長身の美女という噂があり、大倉のスタイルの良さはきっとお母さん譲りなのでしょう。

弟:功次(こうじ)さん

大倉のすぐ下の弟は1歳下の年子。

大倉いわく「大倉に似てぽっちゃり」。

弟:勇太さん

末の弟は5歳下。大倉いわく「ガリガリで背が高くてモテそう」。

勇太さんは思春期の頃に「お兄ちゃんみたいになりたい」と言い、大倉に憧れていたようです。

雑誌やコンサートでもたびたび勇太さんの事を語っていて、とてもかわいがっているようです。

歳も離れており、慕ってくれるとなったらかわいがるのも当然ですね。

逆にすぐ下の弟の功次さんの話題はほとんど出てきません。

仲が悪いわけではなく、歳が近い分、話すことに照れがあるのかもしれませんね。ちなみに「鳥貴族」の後継者は息子たちの中からではなく、社員から選ぶそうです。

自分の道は自分で切り開いてほしいという忠司さんの願いなのでしょう。

後継者にはならないものの、大倉も2人の弟も鳥貴族の株を保有しており、けっこうな資産を持っているようです。

大倉忠義の出身高校は?

大倉は大阪商業大学高校に入学していますが、卒業には至っていません。

大阪商業大学高校の偏差値は42。

住所は〒577−0036 大阪府東大阪市御厨栄町4丁目1−10です。

私立の共学校で1928年に開校した歴史のある高校です。

元は男子校でしたが2003年に共学化しました。

部活動が盛んで特に男子バレー部は名門で、たくさんのプロ選手を排出しています。

元日本代表で全日本女子バレーチームの監督を務める眞鍋政義も卒業生です。

大倉忠義の高校時代

大倉は人見知りな性格や、芸能活動の忙しさからクラスメイトに打ち解けることはできなかったようです。

父親から「地元のコンビニで一番安い給料を調べてこい」と言われ、同じ時給で父親が経営している店で働いた(アルバイトした)経験もあるようです。

2002年、大倉が17歳のときに関ジャニ∞の前身のグループが結成されます。当初はメンバーには選ばれず、バックダンサーとして活動していました。転機はすぐに訪れます。

バンドユニット「V.VEST」のドラム担当が脱退し、新メンバーを探すことになりました。

実はこのときは大倉はドラムはまったくの未経験。

先にグループ入りしていた安田章大と丸山隆平が「大倉はリズム感がある」と当時の社長ジャニー喜多川氏に話したころがきっかけで、ドラムに挑戦することになりました。

1ヶ月間死にものぐるいで練習をしたそうです。

同時期に入所した錦戸亮や安田章大が参加するユニットのバックダンサーをした悔しい経験から、これが最後のチャンスだと思い必死だったそうです。

ツインドラムの構想もありましたが、必死でドラムを叩く姿を見たジャニー喜多川氏からOKをもらい、無事にメンバーに加入することができました。

こうして大倉を含めて「関ジャニ∞」が発足しました。

この頃、仕事が忙しくなり学業との両立ができずに、大阪商業大学高校を中退しました。

その後は東海大学付属望星高校という広域通信制・単位制の高校に入学したのですが、こちらもが芸能活動が忙しく卒業することはできませんでした。

2014年、大倉が29歳のときにTV番組『関ジャニ仕分け∞』の企画で高校卒業認定試験を受けています。

プロの家庭教師の指導で2ヶ月間で81時間の猛勉強の末、見事合格しました。メンバーの横山裕も一緒に受験し見事合格しています。

よって最終学歴は「文部科学省高校卒業程度認定合格」となります。

ドラムの特訓や試験勉強の様子から、大倉は努力家であることがわかります。

大倉忠義の出身中学校は?

大倉の出身中学校は東大阪市立俊徳中学校です。

2016年に統合し、現在は東大阪市立布施中学校という名前になっています

住所は〒577−0843 大阪府東大阪市荒川2丁目32−40です。

大倉忠義の中学時時代

大倉は中学時代は関西ジャニーズJr.として活動する傍ら、テニス部に所属していました。

運動神経がいいため、いい成績を残せるつもりで入りましたが思うような結果が出ず、すぐに辞めてしまったそうです。

1998年、中学1年生のときに関西ジャニーズJr.のユニット「B.I.G.WEST」のメンバーに選ばれます。

中学3年生だった2000年にはTVドラマ『怖い日曜日〜2000〜』で俳優デビューもしています。

しかしこの後高校1年生頃までほとんど仕事がなかったようです。

関ジャニ∞に入りたくて必死に未経験のドラムを特訓したのは、この頃の苦い経験からなのかもしれませんね。

大倉忠義の出身小学校は?

大倉の出身小学校は東大阪市荒川小学校

〒577−0843 大阪府東大阪市荒川3丁目23−7

大倉忠義の出身小学校時代

大倉の実家は有名な居酒屋チェーンの「鳥貴族」ですが、小学生当時は店は小さく、「金持ち」でも「ボンボン」でもなかったそうです。

お小遣いもジャニーズJr.になってからもらえず、厳しく育てられました。

大倉は小学4年生だった1995年、V6の森田剛に憧れて自ら履歴書を送っています。

好きな子が森田剛のファンだったことから、ジャニーズに興味を持ち、よく真似をして踊っていたそうです。

オーディションの連絡が来たのは、履歴書を出してから2年後のことでした。

よって入所したのは1997年、小学校6年生のとき。

大倉は幼少期は体が弱く、全身麻酔での手術や扁桃腺をとっているそうです。

現在でも忙しくなると体調を崩すことは多いので、今後も体に気をつけて活躍してほしいですね。

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