郷ひろみの出身大学・高校は?家族構成や離婚・結婚歴も紹介

郷ひろみといえば、言わずと知れたポップスター。

ジャニーズアイドルから始まり、68歳になる現在まで数々の名曲とともに人気の人物ですね。

若いころから芸能活動一筋かと思いきや、意外にも学業にも励み大学にも進学しています。

今回は郷ひろみの出身大学や学歴についてまとめました。

郷ひろみのあだ名は?

郷ひろみといえば「新御三家」として知られています。

デビュー当時のキャッチコピーは「フォーリーブスの弟」「ヤングエースの登場」でした。

のちに有吉弘行によって「変わりモン」というあだ名がつけられています。

ブレイクしたものの、不遇の時代を過ごした有吉弘行が再ブレイクするきっかけとなった「あだ名芸」によるものです。

先輩や大御所にも怯まず歯に衣着せぬ毒舌であだ名をつけるという芸がウケました。

なぜ「変わりモン」なのか詳しい理由は明かされていませんが還暦過ぎても歌って踊るスターであることや、爆発的な人気を誇った異次元の存在として名付けたのではないでしょうか。

 郷ひろみの家族構成

郷ひろみは1955年、福岡生まれ。

父親・母親・郷ひろみの3人家族でした。

郷ひろみは私生活では3度の結婚をしています。

それぞれの妻や子供についてもまとめました。

郷ひろみの父親:英夫さん

郷ひろみの父親・英夫さんは現在の福岡県久留米市出身です。

福岡に住居を構えてましたが、旧国鉄に勤務しており、転勤の都合で郷ひろみが4歳の頃に上京しています。

京浜東北線・大井町駅に隣接する当時の国鉄大井工場敷地内に建つ社宅で生活していました。

山手線の新橋駅、東京駅、南武線の尻手駅の助役として勤務した後に定年退職したそうです。

郷ひろみいわく「人が良く、百パーセント天然で、いつもニコニコしていた」といいます。

両親はしばらく官舎に住んでいましたが、郷ひろみがデビューしてすぐに人気が出ると、居づらくなり引っ越したそうです。

英夫さんは2015年に他界しました。

郷ひろみの母親:聖子さん

郷ひろみの母親は福岡県糟屋郡志免町出身です。

郷ひろみの母親はとても厳しい人だったそうで、郷ひろみはスパルタ教育で躾けられて育ちました。

やんちゃに過ごした幼少期には、折りに触れ母親は「筋を通さなきゃいけない」「あんた、九州男児だから」と言っていたそうです。

とにかくしつけが厳しく食事のときの姿勢や箸の持ち方、茶碗の持ち方など細かく注意されて大変だったようですね。

社会に出てみて、母親の教えは大切で貴重だったことがわかったといいます。

言葉遣いや立ち居振る舞いなど、小さい頃からの積み重ねがあってこその今であるとインタビューで語っていました。

郷ひろみの最初の妻:二谷友里恵

郷ひろみの最初の妻は元女優の二谷友里恵でした。

1987年の結婚の際に、女優を引退しています。

当時はバブル最盛期でふたりの豪華絢爛な挙式披露宴のようすはテレビ中継され、視聴率はなんと47.6%を記録しました。芸能人の結婚中継でも歴代1位の視聴率で、注目度の高さがわかりますね。

ふたりのあいだには1989年に長女薫子(ゆきこ)、1992年に次女新子(わかこ)が生まれましたが、郷ひろみの女性関係が問題となり1998年に離婚しました。

郷ひろみの2番目の妻:大根田名美

郷ひろみは2000年に再婚しています。

大根田名美はアメリカ育ちで、結婚当時ニューヨークのアルマーニのショップで働いていました。

そのショップを訪れたことがふたりの出会いだといいます。結婚を機に郷ひろみはニューヨークに移住し、芸能活動も休止しています。

2005年の4月21日には公式サイト上で突然二度目の離婚を発表しました。

ふたりの間に子供はいませんでした。

郷ひろみの3番目の妻:徳武利奈

郷ひろみの3度目の結婚は2012年です。

妻は元プロ野球選手・徳武定祐の娘の徳武利奈で、現在も婚姻関係は続いています。

元タレントであり、知り合った時にはコーセー化粧品の広報部担当の会社員でした。

結婚当時、年の差婚(25歳差)も話題となりました。

2014年には双子の男の子が誕生しています。

58歳でパパとなったことも大きな話題となりましたね。

郷ひろみにとってははじめての男の子だったため、とてもかわいがっているそうです。

長男兄(けい)、次男は陸(りく)と名付けられました。

郷ひろみの大学は?

郷ひろみが入学した大学 日本大学法学部
住所 〒102-8375東京都千代田区三崎町2丁目3-1
偏差値 50〜57.5

日本大学は1920年に創設された日本最大規模の私立大学です。

多彩な学問領域を学べるように多数の学部を設置し、学生数も多いマンモス校です。

2021年5月1日現在約7,7000人が在籍しており、これまで約122万人の卒業生を輩出してきました。

日本大学出身の有名人も多く、俳優の真田広之や佐藤隆太、お笑い芸人のオードリー・春日俊彰やキャイ〜ンの天野ひろゆきのほか、文學界からは林真理子や三谷幸喜など多彩な有名人が卒業しています。

文系のなかでは法学部は偏差値が高く、一番入るのが難しいと言われています。

法学部出身なのは関根勤やものまね芸人のホリなどでした。

郷ひろみの大学時代

郷ひろみは高校卒業後、現役ではなく1年間の浪人を経て日本大学に進学しました。

アイドルとしても俳優としても絶大な人気を誇っていたため、仕事の合間に勉強することは相当ハードだったであろうと予想されます。

5年間かかり高校を卒業後、1977年3月に一浪の末、日本大学法学部に入学することになったことをインタビューで「大学入学は男の意地だった」と郷ひろみは語っています。

しかし、意地で入学したものの、芸能活動が忙しくなかなか講義を受けられない日々が続き、残念ながら中退することになりました。

1977年に中退をしています。

この年はテレビドラマ『ムー』に出演し、ブロマイド売上が男性部門1位に返り咲き、学業との両立が難しかったのも納得ですね。

郷ひろみの高校はどこ?

郷ひろみは中学からストレートでは高校入学後、編入をしていることがわかっています。

そのため合計5年間高校に通うことになりました。

最初に入学した高校は日本大学櫻丘高校

郷ひろみの進学した高校 日本大学櫻丘高校
住所 〒156ー0045東京都世田谷区桜上水3丁目24-22
偏差値 60

日本大学櫻丘高校は日本大学文理学部の隣に位置しています。

通称は「日櫻(にっさく)」と呼ばれています。

郷ひろみが入学した当時は男子校でしたが、2001年に男女共学に変わりました。

国公立大学や難関私立大学合格を目指す特別進学クラスと文武両道を図る総合進学(普通)クラスがあります。

日本大学の文理学部や経済学部、法学部と連携し学部の見学や講義を受講できるそうですよ。

部活動も活発でライフル射撃部が国民体育大会出場の常連で、ほかにも陸上部、ゴルフ部、スキー部もインターハイによく参加しています。

現在も校則が厳しいことも有名で、放課後の寄り道禁止のほか頭髪についても厳しいルールがあるそうですよ。

編入した高校は堀越高校

郷ひろみが編入した高校 堀越高校
住所 〒164-0011東京都中野区2丁目56-2
偏差値 37

堀越高校は男女共学の私立校です。

芸能人が通う「芸能人御用達」のイメージがある高校ですが一般の生徒も通っています。

躾が厳しく、登下校の際に校門で感謝の意を込めて一礼するといった決まりがあるそうですよ。

コースは「進学・進路選択」「体育」「トレイト(旧芸能コース)」「育英」と4つ設置されています。

部活動が盛んでサッカー部は全国大会やインターハイに出場を果たすほど。

堀越高校の芸能人第1号の生徒は歌手の田辺靖雄で第2号は初代ジャニーズの中谷良でした。

芸能活動をしながらも高校に通い卒業できるように、今でいう「単位制」のような仕組みを導入したことから、芸能人御用達となりました。

日中の授業に出席できなくても補講を充実させたり、出席日数が足りなくても学力など一定の条件をクリアーすれば進級・卒業ができるようにしています。

ジャニーズからは元SMAPの稲垣吾郎や草なぎ剛、嵐の松本潤や生田斗真などたくさんの卒業生がいます。

 郷ひろみの高校時代

郷ひろみは野球選手になるのが夢で、日本大学櫻丘高等学校に入学したときも野球部に所属していました。

しかし2学期を前に知り合いのおばさんが勝手に応募した映画『潮騒』のオーディションでジャニー喜多川と出会い、トントン拍子でデビューが決まり堀越学園に編入することになりました。

オーディションに行くは気が進まなかったそうですが、母親の「男は途中でやめない」という一言で会場へ向かったそうです。

高校に持っていく弁当はジャニー喜多川が作っていたという逸話もありますから、どれだけ期待された存在なのかわかりますね。

高校1年生の1月に大河ドラマ『新・平家物語』でデビューした後は、2年生の時に『男の子女の子』で歌手デビューしました。

いきなりの大ヒットであっという間にアイドルスターになっています。

堀越高校に編入後、高校卒業までには約5年かかったといいます。

特にテストの時期が大変で家庭教師がついていたとか。

学校で過ごす時間は多くなかったそうですが、移動中などに本をたくさん読んでいました。

多忙な仕事の傍らで大学進学を目指しており、青山学院大学法学部を受験しましたが不合格でした。

郷ひろみの中学校はどこ?

郷ひろみの出身中学校 品川区立伊藤中学校(現在の伊藤学園)
住所 〒140-0014東京都品川区大井5丁目1-37

伊藤中学校は地域の公立校で偏差値はありません。

2006年2月に品川区が進める教育改革で同区立原小学校と共に小中一貫校設置指定校となり2007年からは「品川区立小中一貫校伊藤学園」へ。

さらに2016年4月の学校教育法改正に伴い、義務教育学校・品川区立伊藤学園となっています。

俳優の真田広之やタレントの鈴木あきえも同校出身です。

 郷ひろみの中学校時代

当時の郷ひろみの夢は芸能人ではなく、プロ野球選手になることでした。

伊藤中学校には野球部がなかったため、友人たちと一緒の野球チームをつくり、練習に励んでいたといいます。

地チーム名は「ハーキュリーズ (Hercules)」でした。

郷ひろみの小学校はどこ?

郷ひろみの出身小学校 品川区立山中小学校
住所 〒140-0014東京都品川区大井3丁目7-19

品川区内の公立中学校です。

公立のため偏差値はありません。

JR大井町駅から近い立地の都会にある小学校です。

郷ひろみの幼少期

幼少期の郷ひろみは病弱だったといいます。

生後まもなくジフテリア、3歳で赤痢にかかるなど、何度となく病にかかっていたとか。

4歳で福岡から上京後は、徐々に身体も強くなり、野球にのめり込んでいったといいます。

子供の頃は可愛くて評判の美少年でした。

「あなたは赤が似合う」という母の言葉で赤いシャツを着用することが多かったそうですよ。

郷ひろみは学生時代に彼女はいた?

郷ひろみの学生時代の彼女は、1975年、20歳の時に知り合ったロサンゼルス在住のアメリカ人ドロシーです。

現地に住む日系人を対象にしたロサンゼルス公演で日系人コミュニティのミス・ロサンゼルスとして郷ひろみに花束を手渡したのがドロシーでした。

郷ひろみが一目ぼれし交際がスタートした翌年には破局しています。

郷ひろみのプロフィール

郷ひろみの出身大学・高校は?家族構成や離婚・結婚歴も紹介

  • 本名:原武 裕美(はらたけ ひろみ)
  • 生年月日:1955年10月18日(68歳)
  • 出身地:福岡県
  • 最終学歴:日本大学法学部 中退
  • 身長:176㎝
  • 血液型:A型
  • 所属事務所:バーニングプロダクション

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